設計・生産の納期はまだまだ短縮できる


目次

(1)製品開発時間1/20の衝撃
(2)時間1/20の製品開発プロセスとは
(3)TOCスケジューリングの効果
(4)時間短縮が困難な日本の製品開発現場

(1)製品開発時間1/20の衝撃
199810月のある日、1通の電子メールが大きな衝撃を私に与えました。米国では情報技術ITを活用して製品開発プロセスを大胆に変革し、製品開発期間を1/20にした事例が公表されたという内容でした。

1998
9月上旬に米国ワシントンDCのNIST(米国国務省直属の技術標準化機関)にて「エンジニアリングと生産活動に情報技術ITをいかに活用しているか、またその標準技術は何か」をテーマに開催された会議で、とりわけボーイング社(航空機製造)とフォード社(自動車製造)の発表に高い注目が集まりました。


ボーイング社は「分散協調設計」の題で、ボーイング777型機の開発を米、英、伊、豪、日本にまたがって設計し、757型機の設計に要した従来型設計時間の95%を削減した事例と方法論を紹介しました。


フォード社はこの会議の直前に「ダイレクトエンジニアリング
」という登録商標の下に、自動車産業の製品開発革命を可能とする情報技術ITの応用を発表しました。題は「情報技術:自動車産業の製品開発革命の鍵」で、自動車産業を取り巻く世界的なビジネス環境とその中での労働力を分析し、開発技術者のスキルとその支援の改革に焦点を当てた開発革新を紹介しました。この中で、開発時間の大幅短縮(34週間→56.5時間)を公表しました。


これらの事例は米国で大きな話題となり、今ではどこへ行っても必ずといってよいほど「実証されたお手本」として紹介されています。
TOPへ戻る


(2)時間1/20の製品開発プロセスとは
フォード社は、製品開発プロセスを改革するために
ダイレクトエンジニアの職位を創りました。ダイレクトエンジニアはCAD/CAE/CAMによる製品モデル、生産工程モデル、工場生産の基となる再利用部品、設計・生産ルール、ナレッジ等の管理を職務としており、製品の開発・生産だけでなく、利用から廃棄までの製品ライフサイクルに関わる全ての管理を担当します。この製品開発プロセスを実現した情報技術ITの要素は、データベース、分散システム構造、技術情報管理PLMシステム、LAN/WANおよびセキュリティですが、詳細は公表されていません。

幸いなことに、その後、フォード社でこの設計革新プロジェクトを指揮した責任者がコンサルタントとして独立し、来日した機会を捕らえ、どのようにこのプロジェクトを推進したかを聞くことができました。

2年前までの開発プロセスは日本でも普通のライン型で、デザインエンジニアが構想設計を行い、その設計仕様書を基にデザイナーがCADツールで擬似3次元設計を行い、解析スペシャリストがCAEツールにデータを入力して各種解析・シミュレーションを繰り返し行い、解析結果がOKとなれば、またデザイナーがCADツールで詳細な製造用三面図やCAM/NCデータを作成します。実機試作を行って設計変更が発生し、試作を数回繰り返していました。

米国のエンジニアという職位は日本の技術者とは定義が異なり、仕様書や図面へのサイン権を持つ「高等教育を受け工学的判断を伴う責任ある地位の者」です。このライン型開発プロセスの各工程毎にデザインエンジニアが設計検証DRを行い、図面等にサインしないと次の工程に進めません。このため、あるモジュール部品を設計する時間が34週間かかっていました。

革新後の開発プロセスは、ダイレクトエンジニアが構想設計を行い、3次元CADツールで製品設計を行い、3Dソリッドデータから自動的にCAE用メッシュデータ等を生成しCAEツールをCADツールと並行して使って設計と解析を進めていきます。3D CADツールから詳細な製造用三面図やCAM/NCデータを出力し、ラピッドプロトタイピングRPツールで実機形状を確認した後、実機試作を1回で済ませています。この設計時間が56.5時間に大幅短縮されました。これらの設計プロセス革新の結果、製品である自動車全体の開発期間が約1618ケ月と日本の自動車メーカを逆転しつつあります。
TOPへ戻る


(3)TOCスケジューリングの効果
目に見える開発プロセスの変化は、
@ 従来はデザインエンジニア、デザイナー、解析スペシャリストが分業していましたが、革新後はダイレクトエンジニアが全ての設計(CAD/CAE)作業を担当します。
A 従来は実機試作中心の設計評価でしたが、革新後は設計段階で機能、コスト、製造性まで評価した上で実機試作を行う開発プロセスとなりました。
B ダイレクトエンジニアは設計の全領域を一人で担当するため、CAD/CAEツール等の操作や設計ノウハウ等をKBE(ナレッジベースエンジニアリング)と呼ぶ技術情報管理PDMシステムが作業を支援します。

しかし、各種ツール/システム等の導入だけでは製品開発時間の1/20化はできません。この驚異的な時間短縮は、外部から見えない設計の仕組み(プロセスチェーン)の再構築が可能にしました。同社は制約理論TOCの社内普及に熱心な企業として有名であり、ここではTOCスケジューリングに設計プロセス革新の秘密があります。制約理論TOCの創始者のゴールドラット博士は最近プロジェクト管理を対象とした「クリティカルチェーン」を出版しています。

ライン型分業体制は少品種開発の時代では威力を発揮しましたが、多品種開発の現在では、仕様説明、要員教育、設計検証、会議等とオーバーヘッド時間が増大し、純開発時間は25%40%しか取れません。さらに、分業下で技術者はマルチタスク(複数の開発案件を同時に抱える)の多忙な状態になり、技術者は「学生症候群」にかかり、納期直前まで他の作業を行っています。また、予定よりも早く仕事を終えても上司からは評価されない(早く終ると逆に計画能力が無いと叱責される)ために納期まで抱える傾向にあり、結局、「遅延だけが後へ伝えられる」現象を生みます。このため、開発プロジェクトは必ず納期遅れになります。

劇的な効果をあげているTOCスケジューリングは、
ステップ1:プロジェクトの中のクリティカルチェーンを発見します。

ステップ2:担当者の申告する作業期間見積りの分布はベータ分布関数で近似されるため、安全余裕で見込む期間を各自の作業計画から剥ぎ取り、プロジェクト管理者がバッファーとして集中管理します。
ステップ3:担当者はシングルタスクとし、同時に担当の掛け持ち(マルチタスク)は行いません。来た仕事を行い、終れば直ちに次の担当者へまわします。
ステップ4:プロジェクト管理者は個々の担当者の繁忙は管理しません。担当者へは納期や期間を知らせません。TOCスケジューリングでは担当者の見積時間は50%の確率で完了すると考えます。したがって、管理者が見込んだ作業終了日より遅れる確率が50%ありますが、クリティカルチェーン上のこの遅れた日数はバッファーの安全余裕期間から差し引いていき、管理者はこの残りだけに注意していればよい訳です。クリティカルチェーン以外の作業の遅延は影響がないため管理しません。

従来の常識に反する方策に見えますが、シングルタスクの効果、オーバーヘッド時間削減の効果や、全体の20%程度のクリティカルチェーンの工程管理だけですむ効果を考えれば、設備投資の不要なTOCスケジューリングは採用の価値があると言えます。

TOPへ戻る

(4)時間短縮が困難な日本の製品開発現場
米国から日本の製品開発の現場に目を転じてみますと、企業規模の大小を問わず、製品開発の仕組みと技術情報インフラの活用に共通した多くの問題点や課題があります。たとえば、業務改善のための最初の仕事は、設計・実装業務から生産業務までの仕事の流れ図の作成です。業務プロセスを明文化して、製品開発プロジェクトの進捗を社内にオープンにしている企業は少ないのが現実です。

電気設計、機械設計、ソフトウェア設計別に「設計」、「試作評価」、「その他」の工程別時間分布を見ますと、電気設計では思いの外「設計」にかける時間は少なく、「試作評価」に最も時間を掛けていることが判ります。実機を試作し、設計変更を繰り返して設計者・実装技術者が多忙である現状を裏付けています。ソフトウェア設計でも「試作評価」に時間の半分を使わざるをえないのも、実は電気設計の試作評価中心の開発に合わせてROM等に焼きこむソフトウェアを作り直してバグ対策を行っているためです。機械設計が逆の結果となっているのは、3次元設計化を進めているためです。


また、電子設計の作業時間を増やす原因に部品情報をCADツール等(回路、実装、機構、資材管理)へ何度も入力して、CADライブラリ等を作成しなければならない現状があります。設計者側だけで解決できない部品情報の課題が多いのも現実です。部品メーカ側の対応が強く求められています。幸いなことに、日本電子機械工業会(EIAJ)が部品情報/CADライブラリのECALS標準を制定し、電子部品・半導体・電子機器業界に普及を図る仕組みができましたので、今後は課題解決の可能性が期待できます。
TOPへ戻る
ホームページに戻る