プロジェクトの遅延メカニズムが無意識に作動

目次

(1)現実的な時間見積りを行っているはずですが...
(2)安全余裕を無意識に内蔵させる保護メカニズム
(3)安全余裕をムダにするプロジェクト遅延メカニズムとは


(1)現実的な時間見積りを行っているはずですが...
時間見積りに内蔵された不確定性は一般に意識されていません。したがって、私たちは時間の見積りを行う際には、時間的な安全余裕を意識しない、安全余裕を時間見積りには入れていない、現実的な時間の見積りを行っている、と考えています。

ところで、現実的な時間見積りとは具体的にはどのように行っているのでしょうか。担当者の心の中をのぞいてみると、
・ 過去の最悪の結果を基に見積もる。
・ 80%以上の確率で時間を見積もる。
という無意識の心理行動をとっていることが分かります。

したがって、現実的な時間見積りの結果として、実は各工程の見積り時間の中に200%の安全余裕の時間が無意識のうちに組みこまれることになります。

実は、1950年代に研究開発されたPERT法では、人間の行う作業の時間見積りは確率付きの行動であり、機械相手の時間見積りとは異なって毎回時間が違ってくる結果となり、見積り時間に幅があることが統計学的に証明されました。この時間見積りの幅がベータ分布に近似することも分かりました。下図はベータ分布図です。

収集した実績時間のデータを時間の長短で並べてみますと、多くの場合には、実績時間は最頻値の周辺に集中していますが、まれに非常に短い時間(楽観値)や極端に長い時間(悲観値)で終わった場合もあることが分かります。最頻値の山は半分よりも左側にきますが、それよりも長い実績時間のデータもその右側に広い裾野を持つ形で分布します。分布図の面積が納期遵守の確率を表します。確率50%になる面積と90%になる面積を考えますと、確率50%の時間幅の長さを1としますと、確率90%の時間幅の長さは3となることが分かります。このことから、確率50%〜90%の時間幅は確率50%までの時間幅の2倍となり、安全余裕が200%含まれるとするTOCクリティカルチェーンの主張に繋がるわけです。


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(2)安全余裕を無意識に内蔵させるメカニズム
担当者が時間見積りを行う場合には、皆さんは「現実的な見積りを行っていますので安全余裕の時間は含まれているはずがありません」と主張しています。しかし実際には、時間見積りを行う際に、無意識のうちに下記の3種類の安全余裕時間を内蔵するメカニズムが働いています。
・ 悲観的な経験に基づく時間見積り行動。
・ 安全余裕を追加する管理者の行動。
・ 一律削減を見込んだ見積り行動

メカニズム1: 悲観的な経験に基づく時間見積り行動
プロジェクト管理者は、多くの場合、工程の時間見積りをその工程の担当者に一任しがちです。担当者が担当する工程毎に時間を見積る場合、過去の類似経験を基に時間を見積もるのが実態です。誠実な担当者ほど「現実的な時間見積り」を行おうとします。つまり、納期遅延を起こさないように、確実に自分が守れる納期を設定するわけです。そのため、

・ 無意識のうちに過去の経験から悲観的に見積もる心理状態になります。仕事の掛け持ち状態であるため、他の仕事の割り込みなどを考慮して、多少の時間的な余裕を持つことが納期を守るためには必要と無意識のうちに考えてしまうためです。

・ そのため、納期遵守確率を80%〜90%に高めて、設定した納期が確実に守れるように無意識の真理行動を採ります。間違っても50%の確率では絶対に見積もりません。

・ その結果として、担当者の見積もった時間の中には200%の安全余裕が内蔵されることになります。

経験の少ない管理者ほど、この結果を判断できないようです。

メカニズム2: 安全余裕を追加する管理者の行動
管理者も、自分の担当するプロジェクトの納期を守ろうとするために、無意識のうちに防衛本能が働いて、担当者の時間見積りに安全余裕時間を20%〜30%を加算する行動をとります。さらに、より上の階層の管理者も安全余裕時間を加算する行動を無意識のうちに採ります。この結果、管理階層が多いほど時間見積りは増加する結果となります。

メカニズム3: 一律削減を見込んだ見積り行動
メカニズム2が作用していくと、どこかで、通常は最上層の管理者が納期遅延と予算超過になることを発見します。その場合には、下位の管理者に納期厳守と利益確保を命令することになります。命令を受けた管理者は、手っ取り早く納期厳守と利益確保のつじつまを合わせるために、下位の管理者、さらには担当者に一律に時間削減を通告する行動を採りがちです。その結果として、担当者は被害者意識を持つようになり、士気も落ちる結果となります。

経験をつんだ賢い担当者や管理者は、一律削減を見越して、多めに時間見積りを行うようになります。有能なプロジェクト管理者になるためには、一律削減まで見越して担当者の意欲を維持/向上させる日程計画を立てる必要があります。

実績が必ず計画をオーバーする現実
このように、安全余裕の無意識内蔵メカニズムが作用して、担当者の時間見積りには安全余裕時間が隠されていることが分かります。つまり、プロジェクトの不確実性が安全余裕を要求するのです。見積りの結果として出てきた納期には安全余裕時間が含まれていますので、プロジェクトの遅延はこの安全余裕時間でカバーされるはずです。 しかし現実は、安全余裕が有っても納期遅延と予算超過がプロジェクトの常識となっています。つまり、必ず納期遅延になるわけです。なぜでしょうか。

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(3)安全余裕をムダにするプロジェクト遅延メカニズムとは
TOCを提唱した米国ゴールドラット博士は、その著書「クリティカルチェーン」の中で安全余裕時間をムダに使ってしまうプロジェクト遅延メカニズムが下記の4種類あると説明しています。
・ 学生症候群 Student Syndrome
・ パーキンソンの法則 Parkinson's Law
・ 悪いマルチタスク Multi-tasking
・ 遅れのみが伝播するカスケード効果 No Early Finishes

メカニズム1: 学生症候群 Student Syndrome
私たちは、与えられた納期の中に時間的な余裕を感じると、その作業の開始を遅らせても大丈夫と考えてしまい、納期直前まで他の作業を行うことがよくあります。ゴールドラット博士は、その時間的に余裕があるので開始を遅らす無意識な心理行動を「学生症候群」と名づけました。

遅い開始は貴重な時間を浪費することになります。開始が遅くなっていますので、残された時間には余裕がないと感じながら、つまり内心あせりを感じながら、作業を進めていきます。そのような時に限って問題が発生、あるいは他の作業の依頼が来たりします。経験的にも、問題は計画の80%進行時点で発生しがちです。この結果、作業は納期遅延を起こしてしまいます。

メカニズム2: パーキンソンの法則 Parkinson's Law
この法則は、1957年に英国の社会学者であるC.N.パーキンソンが公務員の行動を観察して発表したもので、下記の2つの法則があります。
第1法則:Work expands to fill the time available for its completion.(仕事はその完成のために使える時間を満たすまで延長される)
第2法則:Expenditure rises to meet income.(支出は収入に見合うまで増加する)

別の表現では、「公務員は改革する事を前提条件に部下を増やし、組織を拡大して自らの職域を広げ、立場を強くする。決して国民のために成ろうとしない」とも言っています。 ゴールドラット博士は、私たちも「担当する作業が納期よりも早く終わりそうになると、手直しを行ったりして、納期まで仕事を抱える」心理行動を採りがちになることを意味します。なぜなら、従来のプロジェクト管理では「納期に遅延しない」ようにだけ担当者に圧力をかけますが、予定よりも早く終わるようには担当者を促進しません。

つまり、担当者にとっては納期前の終了は何も利益を得ることはありませんが、納期遅延になると大きな罰が待っていることを知っています。そのため、早く終わりそうになると、納期まで種々の仕事を作って仕事を抱えておこうという心理に陥ります。

メカニズム3: 悪いマルチタスク Multi-tasking
現実はマルチプロジェクト(複数のプロジェクトを同時に抱える)環境です。分業体制でのマルチタスク(1つのプロジェクト内でも複数のタスクを同時に抱える)も常態化しています。私たちは、有能な人間ほど仕事が集中して、複数の仕事を掛け持ちすることは当然と考えています。すべての仕事の掛け持ちが悪いと言っているわけではありません。

ゴールドラット博士の言うマルチタスクとは、単なる仕事の掛け持ちではなく、「優先順位の決まっていない仕事の掛け持ち」です。マルチタスク状態に陥ると、必ず納期遅延となります。マルチタスクに陥る原因は、恒常的に各種の圧力が担当者にかかっていることで、担当者が複数の仕事を掛け持ちせざるを得なくなるためです。しかし、真の原因は「優先順位の意思決定が不在」のためです。優先順位を担当者が判断できない場合には、担当者は掛け持ちとなった複数の作業に時間を公平に割り当てることで圧力をかわすように心理行動を採りがちになります。

マルチタスクになると、下図に見るように、最後に依頼されたプロジェクトを除いて全てのプロジェクトが納期遅延となります。 また、担当者がマルチタスク状態になると、タスクの切り替えに伴うオーバーヘッド時間の増大が必然的に発生することになります。 困ったことに、マルチタスクの状態は担当者の頭の中にありますので、他人には目に見えません。このため、マルチタスクの深刻な悪影響は皆さんに理解されないのです。

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メカニズム4: 遅れのみが伝播するカスケード効果 No Early Finishes
現状のプロジェクトマネジメントでは、予定納期よりも早く終了しても、その結果はほとんど褒賞されません。予定よりも早く仕事を終えても上司からは評価されない、納期通りもしくは若干早く終了する場合にのみ上司から評価されるという現実があります。

早く終ると、逆に計画能力が無いとしばしば叱責される結果になります。この場合は、さらに罰が続きます。つまり、見積りが甘い人間とマイナス評価されてしまうため、次回の見積もりの時には見積工数を削減されてしまうことが往々にして起こります。このため、早く終わっても、納期まで仕事を抱えるというパーキンソンの法則が作用することになります。早く終わっても、後工程は予定開始日に開始されます。

納期遅延は物理的に時間が遅れますので、後工程の開始は予定開始日よりも遅れることになります。この結果、遅延だけが後へ伝えられることになります。

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